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2001/11/27/(Tue)
孤軍奮闘?孤立無援?
っていうか「人望」無いんで
いつも一人で生きてきたんだけど
たまに他人の世話になってしまう時がある。
元は友人でも
その時点で友達じゃなくなって
貸し借りがある関係になってしまう。
苦手なんだな、そういうの。
なぜかというと
ほぼ100パーセント上手く事が運ばないから。
多分、そうなると自分が
相手に頼ってしまうからなんじゃないかなと思っている。
俺がそうなってしまう気質なんだけどね。
安心して、自分の本来の力を出し切らずに済ませてしまう。
ま、そういう自分の気質を知っているから
極力、他人に頼らずに生きてきたんだけど
でも、たまに魔が差すんだよな。
疲れてる時とか寂しい時とか、ま、ネガティヴな時ですね。
そういう時は、つい優しい言葉にふらふらと…。
その仕事は必ずコケル。
最近やっと学習したわけだ。
そういう風に受けた仕事は必ずコケている、と気付いた。
そもそも発注者は、俺にやって欲しいんじゃないんだから。
俺の事なんか望んでないんだから、そもそも合いにくいのは当然よね。
相手も凄く納得いかなそうな顔してるし、嫌々なのが見え見え。
まったく異なる芸風の俺が、相手の望む仕事など出来るわけが無い、
というか、明らかに場違いなので、なんだかそんな自分が惨めだ。
そんな思いまでしてやらなきゃならないんかい?と。

親切も、相手によっては為にならないこともある。
逆に相手に気を使わせたりしてしまうのは、ちょっと…。
本人には悪気が無いだけに、事はかえって重大なのだ。

一時期の俺はナイフエッジのようだった。
心を鬼にして、またそのスタイルに戻るべきだ。
人の流れの中をフラフラ泳ぐ魚じゃないんだ、俺は。
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2001/11/21/(Wed)
Bassであそぼう
昨日
秘密のHP用コンテンツの件で Marcus H.氏、来訪。
たまたまMusic Man持参で来たので
Spector VS MusicManということで二人で合わせて遊んだ。
俺はフラットワウンド、彼はラウンドのへヴィー
ちょうど Mac 対 マルクス ってな感じで面白かった。
「君が壊れて」のリフ・ユニゾン大会では爆笑。
魅惑のリフだと再確認した。

その後、二人でギターを弾きながら
「Two Of Us」をハモったりしてみたが
意外に綺麗にまとまることを発見。
二人のハモリの美しさは、
ライブ時の「さわやかな朝」で確認済みだったが
ビートルズまでもイケるとは少々驚いたわ。

老人のナツメロ大会みたいになるのは嫌なので
今は演りたくないが、いつか
それ系のカヴァーライヴなんて企画したら面白そう
…なんて事を少し思ったり、な。

そんなわけで
今日は新しい Bassのリフを考えたりして過ごす。
以前の感覚が少しづつ戻って来て、喜ばしい限りだ。
2001/11/18/(Sun)
たまには
日記でも書きましょうかね

去年の今頃からBassを練習してるのだけど
上達したようなしないような…

何かの練習をしてる人なら判ると思うけど
ずーっとやっててもまったく進展せず
「果たして上手くなってるのだろうか?」と疑いだした頃
一気に変化が訪れたりする

ライブをする前はBassをよく弾いてたので
それなりに上手かった
ライブ辞めて再び録音で弾こうと思った時に
あまりの弾けなさに愕然とした
そして今があるわけです

ランナーズハイという言葉があるよね
僕はドラムでも少し経験したが
楽器の演奏というある種の肉体的作業は
無の境地に浸れるものだと思う
単純作業の繰り返しなんだけど
フレーズを生む&ビートを乗せるので頭も使う
これはとても良い訓練になった

肉体は衰えるものだが
それでも一生懸命追いかける
昔に比べると耳だけは一千億倍くらい肥えてしまった
今の自分がOKを出せるレヴェルは以前より
とてつもなく高くなってしまった
自分で自らハードルを上げてしまったのだ
でもそれは自分が進化した結果だから必然
追いつくよう、やるしかないのだ
2001/11/09/(Fri)
全力か手抜きか?
ドラマーだった頃
物事を客観的に見る癖が付き
力を抜いて適度な生き方をすることも覚えた。
ドラマーを辞め、曲作りに専念した頃も
しばらくはその癖が抜けず
今思うと、創作初期はなんだか中途半端な
適度にお茶を濁したような作品が多かったように思う。

人それぞれだろうが
僕はライブとレコーディングは違うと思う。
レコーディングは、極端に言えば
一回のみのパフォーマンスに命を賭けるものだ。
ライブというのも命は賭けるだろうが
ステージ全体でひとつのパフォーマンスであり
力の配分も考えなくてはならない。

僕も1年弱ライブ活動を行ってみたが
ドラマー時代は無意識に、
シンガー時代は故意に、という違いはあるものの
力を上手く配分して
パフォーマンスを行っていることには変わりなかった。
ライブというのは素晴らしいもので
たくさん得るものが有るのも、よーく判る。
だが、それでも
あのレコーディングで得られる
一曲一曲の充実感に勝るものは無い、と今でも思う。
少なくとも
僕自身が、そのように感じているのにもかかわらず
ライブ活動を意識して創作活動をすることは
創作の神に背くことを意味する。
満足できない仕事を、不本意ながら続けることは
自分の中の「君」に対する裏切りである。

鬼のようにBassを弾きながら
そんなことを痛切に感じている日々。
2001/11/03/(Sat)
結婚式
他人から見ると、
俺の行動は、一見「お気楽」っぽいが
しばらく付き合うと
好きでやっているとか、嫌々やっているとか
いろいろ伝わってきて、おもしろいらしい。

元来、意味の無い「式」というものが嫌いな私なので
ことごとく結婚式、葬式など、パスしまくりで過ごしてきた。
だが過去には、不本意ながら
本当にしょうがなく出席したものも有るには有って
そういう時、周りの人は「ホントにこいつ嫌そうだな」
と思って俺を見ていたに違いないな。はは。
一度なんか、嫌々出席させられた上にビデオ撮影までやらされ
マジ切れで、新婦(旧友)に向かって悪態ついたことがあった。
後から、ちょっと軽い後悔モードだったが。
ま、しょうがねえやな。嫌いなもんは嫌いだがね。

不思議なことに、赤の他人は気にならないんだ。
何しろ、そういう仕事してたくらいなので。
ホテルやパーティルームで、数え切れないほどのカップルを見た。
素直に、幸せそうで良いなと思うね。
よく西尾氏と共に、歌を披露しにも行った。
演奏を聞いて泣いてるの見たりすると
ああ、良い事したなあー、という気分になる。

思えば、自分がそういう式モノに出席っていう図は
古い知り合いが多いから嫌なのかもしれないな。
俺はホントに、捨ててきた過去は嫌いなんだよな。
ていうよりは
或る、特定の一時期の過去が大嫌いなんだよな。
やっぱり、嫌々やっていたことだ、というのが大きいのかもしれない。
「不本意な自分」ってやつを思い出すのが嫌なんだな。

一度だけ、結婚式の為に
わざわざ関西方面に出掛けていった事がある。
あれは面白かった。
旧友や知人の結婚式というのは
本来ああいうものだろう、と思ったものだ。
最近、教会ものにも出席したが
その式に関しては、以前の仕事のことを思い出して
別な意味で楽しかったな。

ま、なんにせよ
嫌がってる人間を無理に誘ったり
無闇に誘ったりするべきじゃないよな。

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