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2001/12/29/(Sat)
賢者の贈り物
録画してあったのを見てみた。
最近こういう岩井俊二風のが多いなぁなんて思っていたら
監修が岩井俊二氏だった。ずっこけた。
岩井俊二スタイルは何処までリアルさを感じるかが鍵だと思う。
つまり嘘臭く感じたら駄目。たとえファンタジーでも。
「Love Letter」は練ってあったけど。

おいおい、犬にそんな塩分過多のソーセージなんか食わせて良いのかよ?
…なんて思ったな。動物に人間の食いもん食わすな。
ヒロミックスはよかった。
ていうか俺、村西とおるの大ファンなんだ。実は。
8mmビデオ持って語りながら撮るっていうのは、
日本では、彼が有名にしたスタイルだと思っている。
ハードの普及にはアダルトは欠かせない要素なのだ。VHSしかり。
で、この場合はウィスパー系のカヒミが語っていたわけだけれども。
っつうかウィンドウの水滴がそそるんだ。雨粒だったのかな?
被写体「命」みたいなところがあるスタイルだけど、これは良かったです。
あとは三浦理恵子だ。
「あなたいぢわる~」から全然変わらない。
もともと今くらいの年齢が一番映えるような系列の顔立ち。
あと10年は行けるだろうな。
芸能界で彼女みたいな人が仕事を失うわけは無いのだ。
あれ?内容は?内容は無いよぅ。…座布団、全部持ってけ。
あ、いやいや。
もっと描き方上手かったらシュールで良かったのに。
コメディに逃げたのかしら。残念。
ま、クリスマスだからお茶の間の人にも判りやすくってことね。きっと。
そういえば卑弥呼の人も出てた。
関係無いが、女優・杏子、また見たいな。
同じ内容じゃ嫌だ。続き見たい。
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2001/12/26/(Wed)
最大の挫折とマルコ. ポール・プロジェクト
これは殆ど誰にも言っていない、というか言えないことなんだけど
この5年の間に2度、大きな挫折があった。
予め言っておくけど、これは音楽に関することではない。
俺は今まで自由に生きてきたし
自分の思うことやりたいことをすべて実行させてきたつもりだった。
今、出来ていないことも、やがて実現させる計画だった。
だが、それがすべて叶わぬ夢になってしまったのだ。
ホントに途方に暮れてしまった。

それでもやりかけの作業がたくさん有って
それらを片付けなければならなかった。
1年が過ぎ、やはりやりかけの作業は終わらせるべきだと結論が出たものの
どうにも気が重く、いろいろ考えあぐねた末
「マルコ. ポール」なるプロジェクトとして実行しよう、と。
何とか誤魔化しながらでも。結局そうしようと決意したのだった。

それでもやはり非常に辛かった。
そしてやはり予想通り
再びそこで壁にぶつかってしまったのだった。

しかし、この「マルコ. ポール」プロジェクトは
それまでのレコーディングおよび楽曲製作オンリーの活動ではなく
ライブおよびCDリリースという、外に向けた活動だったため
実際にオーディエンスの人達やCDを買ってくれた人々と
直接触れ合ったりすることで、俺のパーソナルな夢を皆と共有することができた。
作品を、新しく生まれかわらせることができたのだった。

このサイトの別のコーナーで述べているように
CD発売プロジェクトは 2000年2月23日で終わった。
その時点では「マルコ. ポール」の名前まで封印するつもりは無かった。
だが、名前自体「終了」としたほうが良いと、時間が経つにつれ思うようになった。
殆ど誰も使っていない名前だけど、俺の中では大きな位置を占めていたのだ。

「マルコ. ポール」の時代は終わった。
とっくに終わっていたのに、俺だけが気が付かなかっただけなのかもしれない。
楽しかったから、まだ祭りを終わらせたくなかったのかもしれない。
認めたくなかったのかもしれない。

これら一連の出来事を通じて
世の中には、不可能なことがあるということを知った。
夢というのは叶わないこともあると知った。
叶わないが共有はできるということも知った。
な~んか安っぽい言い方だが敢えて言ってみたい。
「俺は大人になったよ。」
ま、ほんの少しだけれども。
2001/12/20/(Thu)
マニュアル
マニュアル作成にも国語能力が必要で
判りにくいものは本当に判りにくいが
読みやすいものは熟読すると、なかなか役立つし実際身に付く。

昔、某放送局でバイトしていたとき、俺が直接ついた上司が
あまり多くを語らない職人気質の人だった。
入ったばかりなのに、既に何でも俺が知っているという前提で
何でも言いつけてくる。
質問も殆ど許されなかった。
しょうがないので一生懸命自力で覚えるしかなかった。
バイト用マニュアルも有ったのだが、
本当に基本だけ、10行程度のものだったので殆ど役立たず。

契約期限終了が迫った或る日、
後継者にも同じ苦労をさせたくないと思った俺は
完全盤マニュアルを作る決心をし、暇をみて作成を始めた。
自分でも「完璧だ」と惚れぼれするようなマニュアルが完成し
それは無事、後継者に手渡された。

昔、日本社会では所謂「常識」とか「師弟制度」のような
そういう、目に見えない規律のようなもので
何でも統率が取れていたのだろうが、今はそれが消えてしまった。
ハンバーガー店のような、とてつもなく細かいマニュアルも
或る意味、時代の要請なのだろうと思う。
実際、何処に行っても同じ味が欲しくて入るのだから
スタッフ個人の思惑が入ってもらっては困るのだ。
従業員同士でも、教えた、教えない、の水掛け論になるし。

だが今現在、実際に俺の望んでいた社会になってみると
「本当にこれでよかったのだろうか?」とも思う。
放送局バイト時代は本当に苦労した。
だがそのように、言葉や文章ではなく、身体で覚えたということが、
その後の、バンドの仕事などに大いに役立ったと思っているからだ。
そのときのバンマスの理不尽さは、放送局上司の比ではなかった。
だが言っている内容は、すべて本質を突いてもいた。
彼に逆らうには、音楽を否定せねばならなかったのだ。
その仕事を通じて、世の中には
マニュアルでは到底賄い切れないような仕事があると知った。

俺が一生懸命作った
当時の完全版マニュアルは
今も役立っているのだろうか?
まだ使用されていれば嬉しいけど
必要無くなっているとしたら、
それはそれで、また嬉しいかもしれない。
2001/12/05/(Wed)
松倉佐織ふたたび
ちょっと、きっかけがあったので
過去の日記 sabbaticalのページを編集した。
そのついでに読んでみたんだけど
今と同じようなこと書いてるんだよな。
進歩が無いなと思って笑ってしまった。
やっと以前の感覚が戻ってきたとか
過去に落とし前をつけたいとか
そんなことばかり書いている。
おんなじだね。

でも、その時と今と、状態が同じなのかというと
それは、まったく違うと断言できるね。
今思えば、あの程度のレヴェルで
感覚が戻ったとか吹っ切れたとか、そう思えていた自分に驚く。
あの程度で、あんなこと書いてるなんて
自分は、相当ボケてたんだなーと思う。

あの日記ページは「松倉佐織」さんに関するエピソードで終わる。
いろんな意味で、俺にとって大切なアーティストのうちの一人。
この日記に変わるので、記念として最後に彼女の話題で締めたんだった。
ほかの日の分を、読まなくても済むように、
わざわざ、あのエピソードをトップに置いて終了させたんだよな。
もちろん、日記を書くために彼女のCDを聴いたわけではないけれど
ちょうど転換期に、たまたま聴き返す機会があったんだね。

なんだかんだで、もう一年が経ったんだな。
2001/12/01/(Sat)
アーティストの死
今回の場合は予め「余命報道」があったから、それほどショックではなかった。
でも、ああ逝ってしまったのだな…という感慨はあった。
彼の人生が終わったのか、と。
まぁ彼はそういう、人生を達観した感じの人だからね。
折りしも、また冬が近い。
今年の初めくらいにこんな日記を書いていたんだよな。→これ
このときに編集したものが今日になって役立っている、この不思議さ。

こんなこと書くのもなんだけど
不思議と、アーティストの死というものに対して今まで
悲しかったとかショックだったとか、感じたことがあまり無かった。
残念だとは思うんだけど。
それは、新たな作品が聞けなくなってしまった、という残念さなんだな。
でも彼の場合、もう十分過ぎるほどの音楽活動をしたと思う。
彼の70年代のアーティスト活動は、半端じゃなく濃かった。

人間としてのジョージハリスンは居なくなってしまったかもしれないけど
今でも当時の作品を聴けば、アーティストとして輝いている彼に会うことができる。
「元ビートルズ」の重圧やコンプレックスに苦しんでいた彼にとっては
ソロ時代の作品に正当な評価が与えられることこそが、何よりの喜びだろう。


アーティストの死で、おそらく今までで
いちばん悲しくてショックだったのは、カールウィルソンだったと思う。
ビーチボーイズのヴォーカル兼ギタリスト。
彼がグループの中で占めていた割合はかなり大きかったので
これでビーチボーイズ自体の活動が不可能になるだろう、と即座に思った。
もう「神のみぞ知る」も「グッドヴァイブレーション」も聞けないんだと思うと
なんだか悲しくて、結構しばらく凹んでいたな。
この時も予め病気だと知ってはいたんだけど。不思議だ。
直前まで彼は現役だったからね。
新聞記事を見た時の、あのショックは今も忘れられない。

リンダマッカートニーもちょっと驚いた。
ポール現役中に彼女が居なくなるなんて、想像したことも無かった。
思い出の一部が消えたんだなーという感じだった。


でも、やっぱり
死んで思い出されるより
本当は、いつも想っていて欲しいよね。
いつも俺の中には君が住んでいるよ、というような。
そういう存在でありたいよ。誰だって。


ちょっと不謹慎な日記だろうか。
ブラックユーモア好きなジョージに免じて、許してちょうだい。

R.I.P.

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