--/--/--/(--)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2002/06/23/(Sun)
Missing Link
最近、部屋の整理整頓や掃除などに明け暮れている。
Pianoの鍵盤を磨いたり、各種コード類をまとめたり。
接点のチェックとか、細かいメンテナンスも。
ひょっとしたら、これほどの大清掃は
引越ししてから初めてかもしれないな。

窓ガラスもピカピカに磨いて、まったく透明。
カーテンを開け放し、まるみえ状態で録音作業をする。
これ基本。なかなか楽しいんだな、これが。

何故こんなことをやっているかというと
ひとつは今までの機材を総入れ替えしたこと。
あとは CDリリース以降、途切れてしまった時を
もう一度そこから繋ぎ直そうと思ったからだ。
新機材導入は、良いきっかけになった。

CDをリリースしてから 3ヶ月後ライブ活動休止。
時を同じくして HPの開設&ネットデビュー。
以降、僕の情報発信はインターネットのみとなった。

CDリリース後、僕の活動はますます活発となり
どんどん展開して行くのだろうな、とみんな期待してくれてたと思う。
僕だってそう思っていたよ、そらあ。
だからあんな形で終了してホントに申し訳なかったと思っている。

HP用コンテンツとして
レコーディングからCD発売に至るエピソードみたいなものを
たくさん書き下ろした。
だが肝心な部分が書かれていないことに
気が付かれた人も居るだろう。

実は、実際の CD製作に関することで
書きたい話もたくさん有ったんだけど、ちょっと生々しすぎて
あの時点では書くことが出来なかったんだ。
それに、かなり鬱な話で、心情的にも
思い出すのも嫌、文章にするなんて、もってのほか、
という感じだったから、どっちにしろ書けなかった。
身内では話のネタに出来たけど
事情が事情なだけに、他の場所ではネタに出来なかった。
僕の歌を聴いてくれた人達に対して
直接、事情説明できなかったのは辛かったが
仕方が無かったんだ。

その後、ネットで知り合った人々と交流を持ったりもしたが
ネット初心者だった僕は、つい本業を明かして登場してしまって
結果的に、何処へ行っても歌やCDのことを訊かれる羽目となり
しまいには嫌気が差し、そんな情けない自分も嫌になり
結局その後、隠遁者みたいになってしまった。

以降の日々は、ネット社会の探求と
Led Zeppelinライブ音源の研究に費やした。
飲んだくれて騒いでたわけでもないから
いわゆる「失われた週末」というほどじゃないけど
まぁ、アレに近い感じも少しあるかな。
その後は Jポップ研究にも突入。
オークションで超豪華(?)BETAビデオデッキを落札し
録り貯めた音楽関係のビデオをチェックしまくった。
山川恵津子さんのコーナーは、その流れで出来たものだ。

曲も創り貯めていたが
レコーディングするのは時期尚早と思っていた。
今、新たなことを始めても半端な形にしかならないだろう
と、そう思っていたからだ。
というより、そう思いたいだけだったのかもしれない。
逃げていたんだろうね。
何処へ向かうのか判らないと方向も定まらないし。

過去にもそういう時はあったから
僕自身はあまり焦ってはいなかった。
まーいろいろ言われたけどねー。
なるべく「柳に風」で受け流すようにして。
実は裏じゃ密かに反撃の準備をしてたりして。
フフフ。

(つづくかも…)
スポンサーサイト
2002/06/20/(Thu)
新・オバケのQ太郎
のテーマが好きだった。
歌も良いが、なんと言っても
演奏がグルーヴの元祖みたいでカッコよかったのだ。
実は、僕の曲「君が壊れて行くようだ」のDrumパターンは
この曲のパターンを参考にしたもの。
自分がこの曲の Drumsをプレイしてるつもりで
必死になって打ち込んだ。実に楽しい経験だった。

僕は幼少の頃テレビを禁止されていたので
同じ世代の人々とは、見ていた番組が少しずれている。
僕がテレビを自由に見れるようになったのは 70年代前半頃。
ちょうどその頃、世の中のテレビ関連音楽の質が向上し始め
テーマ曲やCM曲など耳にする音楽に良い曲が多くなった。
後から調べてみると、それは
別に日本のテレビ界に限った話ではなく
実は欧米の業界全体の傾向だったことが判明するのだが。
いずれにせよ、良い時代にメディア解禁してくれたものだな、と
その点では、まぁ親に感謝している。

新・オバケのQ太郎の「曲」自体も
なかなかカッコイイとは思ったが
前半の勢いに比べて「お~ばけなんだ~」の部分で
ちょっとクールダウンしてしまうところが惜しいな、といつも感じていた。
その後の後半はまた盛り返し、コーラス終了部の台詞部分など秀逸だと思うが。
中盤の甘さは、悪魔音楽(RockやJazz)を
知らない人の限界だろうか、なんて思っていた。
育ちの良さが出てしまう、というか。

山本直純氏は僕らの時代の、良くも悪くも象徴のような方。
世代交代なのだな。いよいよかな。僕も心して掛からねば。
2002/06/16/(Sun)
反撃こそ私の生きる道?
皆さん良くご存知だと思いますが、
僕は、なにかと根に持つ性格でしてね。
何かされた時は、必ず反撃をしなければ気が済まないのです。
大人気ないと言われようとなんだろうと
この性格は直りませんでしたね。
ところが、若いうちは良いですけど
だんだんオトナになってくると
相手の方の立場が弱い場合も多くなってきます。

実は反撃というのは、多分に甘えの要素も含んでいるのです。
何をしようとも、相手は決してめげることはない
僕が何かしたところで
相手がそんな些細なことに屈するような人物ではない
そう思っているからこそ、安心して反撃ができる、というか。
決して潰れることがないほど大きな存在なので安心して叩ける、というか。
そんなところがあります。
「寄らば大樹」の言わば「屈折型」ですね。
ところが、オトナになってくると
周りの人達が、そんな大きな存在ではなくなってくる。
逆に、こちらが反撃のつもりでも
結果的に、弱い動物を虐待しているというような
そんなハメになってしまう場合も多くなってきますね。
知らない間に、こちらの方が大きな存在になってしまっているわけです。
この辺の判断を誤ると、ただの説教ジジィになってしまいますね。

オヤジギャグもこの範疇に入ります。
自分より大きな「突っ込み」がいるからこそ
安心してボケていられるのであって
いい年して一人ボケを連発していても
突っ込めない相手にとっては虐待と同じですよね。

「反撃」というのは裏返すと
相手にいつまでも元気でいてもらいたいという
一種の逆説的愛情表現なのですね。
2002/06/14/(Fri)
去り時
のタイミングを図るのが下手だったなぁ、昔。
実は、小学校の時サッカー部でさ。
始めは軽い気持ちで参加したんだけどね。
入ってみると凄く本格的なんで、かなりびっくり。
そりゃぁ、サッカーが好きだったから入部した訳だけど
「いろいろ詳しくなれれば良いなー」程度の認識だったし、
そもそも週一の必修クラブなんだし
そこまで本格的にやるつもりは無かった。
そんなにスポーツ熱心な学校じゃなかったんだけどね。
ま、監督がアツイ奴だったんだろな。
そんなわけで後悔はしたものの
なんとなく辞めるきっかけがなくて
結局、卒業まで続けてしまったんだ。
何の為に居たんだか。自分でも謎。
辞めるのも逃げるみたいで嫌だったのかもしれないけど。
まったく戦力外だったからね。
監督の迷惑そうな顔は、今でもはっきり覚えてるなぁ。

ま、世の中がサッカーで盛り上がってるので
ついつい思い出してしまうのであるけども。

一番古い記憶は、こんな感じだけど
その後も、なにかと
去り時のきっかけを掴むのが下手でさ。
なかなか決心が付かないんだよな。
未練が有るってのとも、ちょと違う。
一言で言うと優柔不断なんだな。
ずるずる続けることほど、カッコ悪く
みっともないものも無いと思うんだけどな。
いやいや続けてるのが相手に伝わると
険悪な雰囲気にもなってくるし。
良いことはひとつも無いんだけどさ。
なんだろな。

ま、そんな性格だったが
最近は少し改良されてきて
「おさらば」が出来るようになってきた。
憎まれ口を叩きながら逃げてくることも有るけどさ。
それでも居続けるよりは良いんだよな。
そんなことが判った、ここ10年なのであった。
2002/06/08/(Sat)
テレバイダー
MXTVで今やってる。
なんだ?これ?

たまに見るんだけど
変な番組なんだよな。
これ。

で、俺は
音楽でもテレビでも
「なんだ?これ」というものが大好き。
予定調和嫌いだからな。
とか言いつつ、自分の曲は
超「予定調和の殿堂」みたいなんだけど。

でも予定調和嫌いを
意図的に行っているものは嫌い。
作為的なものね。
なかなか難しいんだ。

しかしなぁ
相変わらずの寺田椿
かわいいんだけど MXオンリーだな。
この2年の間に出産してたってホントなんだろか?
まー、どーでもいいか。
2002/06/07/(Fri)
強面の男
10年くらい前の話だが
けっこう強面の知り合いがいた。
ガタイもでかいので、みんな恐る恐る接してくるらしい。
道端でモノを尋ねられるということも滅多にないとか。
「普通に接してくれる人があまりいないので困るよ」
と彼はよくこぼしていたな。
俺は昔から童顔で、よく人になめられたので
「君が羨ましいよ」と慰めたものだ。

これは初対面だとそれほど問題ないが
付き合いを深めてゆくと思わぬ落とし穴がある。
前者の場合は

怖そうだったのに→意外に良い人なんで→好感度アップ
或いは
怖そうだったのに→意外に大人しいので→なめられる

…と、こんなことが多いらしいのだ。
こうなるともう判るよね。
俺の場合は

良い人そうなのに→意外にひねくれた性格なので→好感度ダウン
或いは
良い人そうなのに→意外に人当たりがキツく→避けられる

…と、こんな悲劇が待っている。

特に俺は「良い人そうだ」と思われることが昔から大嫌いで。
そう接してくる人に対しては、始めからケンカ腰だったりしたもんだ。
始めから強面だったらどんなによかっただろう、なんて思うこともあったが
その強面の友人の話を聴くと
どっちにしろ、それぞれ悩みはあるもんなんだな。

俺の想像では、多分
相手は判ってるんだと思う。
でも触れ合うきっかけとして、そう言ってるだけか
或いは、そう思いこむことによって
過去の自分の経験のパターンに当てはめ
付き合いやすくしてるんだと思われる。
「こいつはこういう奴」と思い込むと確かに楽だ。
自分だってそういうことがなかったとは言えない。
勝手に決めつけた結果、人を傷つけたこともある。
そんなことをたくさん経験して、だんだん学習していったんだよな。
これからも
他人を傷つけないように生きていけるかなんて
わからないけどな。
実際、俺は「壁」好きな奴だから
これからも、ぶつかりまくるんだろうな。
それもまた楽し。
2002/06/01/(Sat)
In My Room
俺が音楽を聴き始めた頃はロックの変動期で
洋楽好きの連中は、みんな髪を伸ばしてベルボトムで
ブリティッシュロックなんかを聞いていた。
ポップ好きの人達は、みんな上品で
ポピュラー音楽やヒット曲を聴いていた。

当時、俺が惹かれたのは
ビートルズやその周辺、ロックやソウルっぽいポップス
プログレ軍団などだったが
それらは、どれもその年上の人達にすべて開発されていて
俺が好きだといっても
「若造が何を言う」みたいな目でしか見られなかった。
そんなことが続いて嫌気が差してきた俺は
そのうち自分の居場所を探すようになる。

ちょうどその頃、ポップロック時代が到来。
ベイ・シティ・ローラーズやスージー・クァトロとか
クイーンとかパイロットとか…
ロックからすれば亜流みたいな音楽が人気を博した。
そして極めつけは Wings だな。
ロック兄さん達には不評でも
俺達若造には、それらが新鮮でね。
純粋に楽しめたんだよな。
ディスコ登場までの短い期間だったけど
俺達の時代が確実に存在していたんだ。

前にも書いたけど、東京に来てからは
それはアイドル・ポップになった。
アイドル・ポップとは言っても
ま、詳細は書かないが
実質的にはティンパンアレィ系のようなものだったから
クォリティは非常に高かった。
これらも、分別あるオトナどもには不評だったが
確実に俺達の時代だったんだな。
年上の連中に侵されていない「俺達だけの」部屋だったんだ。

そして最後に到達したのが Beach Boys だった。
まるでフロンティアのごとく。
西へ西へと進みつづけ
最後にキャリフォーニァの海岸に到達したのだ。

ビーチボーイズの部屋の入り口には扉が付いていた。
その扉はとっても魅力的で、見ているだけでも飽きなかったが
俺はその扉を開いて中に入ることにした。
そして俺は、今でもその部屋の中にいる。

普通の人は魅力的な扉だけで満足してしまうだろう。
或いは、扉だけ見て「僕はいいや」なんて言って
その場から立ち去ってしまうかもしれない。
人によっては、取っ手が見えず
それが扉だとさえ気付かないかもしれない。
入ることの出来た俺は幸せだったのだ。

ビーチボーイズは、最近ようやく価値が認められて
ロックの中での地位が確立した。
だが、ロックファンの間で浸透したかといえば
そんなこともなく、未だに偏見は根強いままだ。
これからも恐らく変わらないと思う。

ビーチボーイズの部屋はブライアンの心と同じように
永遠にオトナどもに侵されることは無いだろう。
そして俺も永遠に住み続けるのかもしれない。
時々出たり入ったりしながらね。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。