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2004/01/22/(Thu)
喜びの電話
なんか自分の歌がCDになるとか言って
実家の両親に電話で喜びの声を伝えてる子が出てる。
エースをねらえ、の子だ。

こういうシーンはよく見るけど
ウラヤマシイわな。
自分には絶対ありえないことだからな。

今俺には喜びを伝えたい人なんて居るんだろうか。
居たとしても、少なくとも両親ではないだろう。

俺の人生は彼らの俺に対する期待を
裏切りつづけてきた人生だった。
彼らが喜ばないよう、彼らを喜ばせないよう
わざとコースを外れながら生きてきたのだ。

俺の作品の中の怒りとか嫌味とか当てこすりとか
そういったもの全ては、実は彼らに向けてのものだった。
これは10年くらい前に自己分析して気付いたのだ。
スウィートホームへの憧れとかそういったものも
全て屈折した気持ちの現われだったんだね。
実際は温かい家庭なんて有り得ないのだ、と思っていたのだから。
ドラマとか映画は、あくまで架空のものである、と。

対立の人生か…。
それが何も生まないことも今では判っている。
でも、だからと言って、今までの人生を
巻き戻してやり直すことは決して出来ないのだ。

電話をしてる、あの彼女のように、
あれくらいの年齢であんなことが素直に出来ていたら
俺の人生はどうだったのだろう、と思う。

もしそうだったら幸せな人生だったかもしれないが
逆に今の自分はないような気もする。

どっちが良かったのかねえ…。
その答えは、ちょっと今は判らないな。

別に、今、わからなくてもいいか。
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2004/01/20/(Tue)
ザウス
壊されてるんだな。
ま、放って置くわけもないから
いつかは壊すだろうとは思っていたが。
実際にその映像を見ると、なんかショックだな。

船橋時代の俺の家はザウスの近所。
…でもないけど、デカイ建築ブツだから
近所に見えるんだよな。遠近法だ。
ちょうどザウスが真正面に見える位置に
でかいテラス窓があって、毎日毎日
その窓からザウスを眺めながら
ボーカルを録音していた。
晴れると気分が良かったね。

あそこは環境は良いとはいえなかったが
視界が広いのだけは良かった。
湾岸の埋立地だったから、ともかく広いわけだ。
工場とか海路とかね。

俺の出身地にもデカイ港があったが
まぁ港っていうのはどこも広いね。
船って運ぶものがデカイから
ともかく全てのもののスケールが違うんだ。
港を歩いていると思わずガリバーな気分になるね。
大陸的。
ここで慣れちゃうと遠近法とか
距離感の感覚が狂ってしまう。

ザウスはその建築中から
電車とかでずーっと見てたんで
なんだか愛着があったね。
近所でバイトもしてたし。
下の団地のヤツラとか元気なんだろうか。
俺が引っ越す少し前に出来て
それが去った少しあとに閉鎖になったっつのも。
なんだかな。

ザウスって「午後2時のバブル」なんだよな。
幕張新都心とかも、そんな感じがする。
世界最大の屋内スキー場に未来都市…。

そうすると今って「たそがれ」なのかもな。


夕方以降に元気なのは業界人と若者だけだ。
早寝早起きの俺は寝るわ。
2004/01/16/(Fri)
風呂スピーカー
遂に買ったのだ。

およそ8年間使ってきた防水ラジカセの
ピンチローラ(ゴムの輪)が擦り減って
テープがウニョ~と巻き込まれるようになってしまった。
テープの音は劣化してくると思ってる人が多いけど
実はそれよりもプレイヤー側の問題の方が多いのよね。
アジマスとかピンチローラチェックすると、たいがい直ります。

で、今までは
そのラジカセだけだと音が悪かったので
拾ってきたミニコンポのスピーカーをイヤホンジャックに繋いで
そこから音を出力して聴いてました。
拾いもんだから湿気で壊れても気にしないし。
元々ミニコンポのスピーカーだから音は良いし。
迫力あるモノラルサウンドで、なかなか良かったんだが。
本体がちゃんと掛からないんじゃーしょうがないわな。
ラジカセ直そうかとも思ったんだけど
今時カセットの修理なんて出しても
まともに直ってこないだろうと思ったのさ。

で、いろいろ調べてみたら
その1
その2
こんなのがあって。
これだと中身のプレイヤーを選ばないので
良いかなと思ったんだな。
無印のもあったんだけど、あれは
アンプなしで音量調節が出来ないのでパス。
で上のほうを買いました。
やっぱり口径が小さいから以前と比べると
迫力不足なのは否めないけど、
まぁなんとか我慢できるかな。って感じ。

うちにはカセットで録音したアルバムとかのストックが
600本くらいあって、さすがに全部撮り直すのは無理なんで
ずーっとカセットを聞いてきた。でもそろそろ限界。
録音する側のデッキが、遂にメゲて来てしまったのだ。
そうなると昔のストックはともかく
新作のカセットを増やせないことになる。
これはきびしいね。

っつーことで
いよいよデジタルメディアにシフトかぁ。
…って遅いよっ!
でもカセットの音って適度に
コンプ&ブーストされるので好きだったんだけどなぁ。
さてMDにするかMP3にするか。
そもそもMDへの乗換えをまったく行わなかった俺なので
MDへの愛着はないし、録音したストックもほとんどないのだ。
MP3は大量のライブラリをそのまま入れとけるもんな。
せっかくなら一足飛びにそこに行こうかねぇ。
今更MDなんて邪魔くさいよな。

夢は広がるぜ。
2004/01/14/(Wed)
デュラムセモリナ
こないだ、
マジカルミステリーツアーみたいな
山盛スパゲティ溺れるほど食いたい。
パスタ一生分でも良い。
誰でも良いから送ってくれ。
書いた
なんとBig Hornからスパゲティ 8Kg送られてきました!

すっげぇ。
業務用なんだろうか。
とりあえず80食分かな。
山盛にはなるな(笑)。

さっそく混ぜるソース買ってみました。
これで昼食は当分スパゲティで行きます。
いろんなソースを試してみよう。
味の報告はここで行いますね。
興味のある方は是非。
私は既製品に限りなく夢とロマンを求める男なので。
自分で創意工夫して作ったりしない。
究極の市販ソースを探すぞっ!


というわけで。感謝!>BigHorn(とその関係者の皆様?)


川島なお美の「私の血液はワイン」に対抗し
俺の肉体はデュラムセモリナで作ることにしよう。
2004/01/14/(Wed)
ポールマッカートニー各種
Yesterdayを良い曲だといえる素直なオトナになりたい。
ということで。

ブロードストリートのメドレーの話は下に書いた。
2~3曲目はこれで好きになったが、
一曲目のイエスタディはどうだったか、という話。

とてつもなく有名な曲で
今更好きだのなんだの恥ずかしい。
というのが一般的なビートルズファンの意見かな。
ロックファンの間ではもっとひどくて、

ポールのセンチメンタル炸裂。
どこかで聞いたことあるような曲。
ロックじゃない。ジョンには到底及ばん。

…とまぁ散々だね。
俺も子供の頃、ただ「知ってる曲だからと嬉しい~」
の時期を過ぎると新鮮味が消えて嫌いになってしまった。
この曲の魅力を「有名で知ってる曲」という点にしか
見出せなかったわけだ。

それが180度変わったのは中学生の時。
「James Paul McCartney」というテレビ番組を見てからだ。
スタジオセッションあり、ライブあり
オチャラケあり、踊りあり、とまあ
基本はただのバラエティ(ポール主役)だった。
最後のライブコーナーが終ったあと
Wingsのメンバー全員が楽屋で寛ぐシーンとなり
そこでメンバーのリクエストに応えて
なんとポールがイエスタディの弾き語りを披露したのである。
これがあの同じ曲か?と思うほど、そのテイクは素晴らしく、
素直に心に染みてきた。こんなに良い曲だったんだー。

そのテイクはビートルズより若干スローだった。
語りかけるように丁寧に歌うポールの姿は神に見えた。
控えめに入ってくるストリングスも素晴らしく
本当に夢かと思ったもんだ。
当時はビデオなんてなかったし
カセットでの録音もしていなかった。
そのテイクは俺の心の中にただの記憶として残ったのだ。

イメージってのはとかく美化しがちだね。
あのイエスタディが素晴らしかったというのは
正しかったのか、記憶が過去を美しく見せているのだろうか。
気のせいじゃないんだろうか、そんな思いや不安は
危惧であったことが判った。
10年後くらいにビデオを入手し当番組を見直したとき
あの当時感じたのとソックリ同じままのイエスタディが
ちゃんとそこにあったからだ。

さて、その後のイエスタディは
このテイクがデフォルトとなった。
75~76年のUSツアーのアレンジもテンポはスローなまま
ストリングスの替わりにブラス風ホーンセクション
(サックスが一名居る)が彩りを添えていた。
79年のWingsラストツアーも同じ。
そしてブロードストリートのバージョンとなるわけである。

俺も最近になって判ったんだが、この曲は
子供には良さがわかりにくいんじゃないかね。
あんまりオトナvsコドモと分けたくないが
憶えやすくて有名で知ってる、という以外に
この曲の良さって判らないんじゃないかと思う。
あまりに馴染み過ぎて特別さが判らないというか。
クラッシックみたいなもんか。

たとえば遭難して10何年音楽を聴けない環境に在ったとか
音楽にまったく触れない生活をしばらくした後に
いきなり何十年ぶりかで聴いたりすると、
良さが判ったりするんじゃないか、と。
もちろん昔一度聴いて知っている、というのが前提だが。

こうして突き詰めていくと、ただ単に
自分はビートルズのバージョンが嫌いだったことが判る。
この辺を境に自分の中でのビートルズ至上主義が崩れていったのだ。
2004/01/13/(Tue)
ポールマッカートニー各種
私はホーンセクションというものが嫌いだ。
特にロックやR&Bなどの。やかましいし下品だし。
なんでロックにこんなもの入れるのか
まったく理解に苦しむぞ。

ですが、
クラシカルなブラスセクションは好きなんである。
いろんな人に言っている話だけど
ポールマッカートニーの
「ヤァ・ブロードストリート」というサントラに
イエスタディ~ヒアゼア~ワンダーラストという
究極のメドレーが入っていて、その
フィリップジョーンズブラスアンサンブルを使用した
アレンジが、もー素晴らしいのである。
思い返せば私もかつて吹奏楽部の一員であった。
クラシカルなブラスは好きだったのである。
それにしても前述のメドレー。
ブラス以外は歌とポールの弾くギターかピアノ、
それにリンゴのドラムしか入ってないのだ。
セクションとしては4つのパートしかないんである。
凄いねぇ。凄いねぇ。
もちろん私は3曲ともこのバージョンが一番好き。
っつか、これ聴かなかったら少なくとも2~3曲目は
永遠に好きにならなかっただろう。
「ポールはブラス好き」説は、
けっこう言われていることなので
知ってる人も多いと思う。
いわゆる「ホーンセクション」じゃなくて
「ブラス」なんだな。
幸せのノックとかマーサマイディアとか。
なんとなく判るでしょう。
クラシカルというか軍楽隊というか欧風。

さてブラスとは反対に、
ストリングスの方はクラシカルな使用は嫌いなんである。
なんでかって?クラシカル過ぎるからでしょう。
なんかこうー。背中が痒くなるような気がするんだな。
ただでさえ曲が甘美な雰囲気なのに助長させてしまうんである。
暗い曲でも一緒だね。助長。
延々8分音譜で刻む編曲とか。ビバルディ。
もう耐えられない。

ところがポップスにおける甘美な使用は
なかなか好きなんである。
コンチネンタルタンゴとかの華麗なストリングスなんか
もぅー失神しそうなくらい好きだからねぇ。
コードというか和音がストリングスはポップスに、
ブラスはクラッシックに向いてるんだろうね。
もちろん個人的な好みだけどね。
ジョージマーティンのアレンジに
すっかり慣れてしまったというのもあるな。
彼のブラスも弦も、なかなか
ピリッと締まった良いアレンジだと思うけど。
元祖欧風。

友人と以前アレンジについて話した時
その評価の良し悪しは、結局
「下品か下品じゃないか」に尽きる、
という興味深い結論になって
これが今でも自分の中での基本になってる気がするね。


下品なクラッシックよりは
ボンゾの方が百億倍クールなのだ、と。
2004/01/11/(Sun)
ポールマッカートニー各種
私のピアノは独学なのですが
まぁそれでも徐々にではあるが上達しています。
もともとオリジナル曲を弾き語る事を目的にしているので
練習は既成曲のコピーが主なものです。

当然ピアノを始めたばかりの頃
おぼつかない技術でコピーしたものと
後になってちゃんとコピーしたものとは
そのコピー具合の完成度が違いますね。
だからといって昔にコピーした曲を
最新のテクニックでコピーし直すか、というと
そんな事、面倒だからしないんですね。
ですので私のコピー曲レパートリーの中で
ちゃんとしてるものとちゃんとしてないものが
混在してるわけです。
自分でも判ってるんですよね。
この曲はあかんやろ、と。
そうゆう曲は本番とかでは演らず
余興でやるに留めておきます。

でさ。想像通り、
そのちゃんとしていない曲の
大半はビートルズ関連なんだよね。
昔、適当にコピーしたのばっかり。
自分で弾いてるヴォイッシングとかに慣れちゃって
もはや違和感すら感じないところが凄い。
それくらい長年、適当なまま弾いていたって訳だ。

当HPの人気コンテンツ「フィルスペクター極悪人説」関連で
「The Long And Winding Road」の再調査を開始、
やっとここに来て各バージョンの和音構成に辿りついたのだ。
いろいろ調べたがどれも興味深いものばかり。
ひょっとしたら解散後のポールの人生は
Long And Winding Roadと共にあるのではないだろうか。
それくらい深い内容だったね。

詳しくはまた近いうち極悪人説ページに書くけど
彼がこの曲にそこまでコダワル理由は
なんといってもオリジナルが完成しなかったことでしょう。
多分彼の頭の中にはもっともっと凄いイメージ、
多彩な音、和音構成、などが渦巻いていた筈なのである。
だが当時の彼の技術、バンド(ビートルズ)の力量不足
様々な確執などで、遂に完成できなかったのである。

それからの彼の人生は
「Long And Winding Road」をいじり倒すことに費やされた。
チョコチョコ進行を変え、コードを変え
アレンジを変え、メロディを変え、歌い方を変え。
まぁともかくとことんいじり続けるのである。

Long And Winding Roadは
ポールにとってのスマイルなのかもしれない。
2004/01/06/(Tue)
弁当に入ってる魚の骨。抜いとけよ。


って思いませんかね?
世の中には1時間たつぷり昼休みがあって
ゆつくり昼飯が食える人ばかりじゃないのです。
ちまちま小骨なんか取ってられません。
いっぺんに食えないから
リズムは狂うわ
食っても味が消えるから
おかずにならないわで
どうも苦手ですわ。あたし。
それが嫌で、ここ10数年白身魚のフライとか
まともに食ったことなし。めんどくさい。
やっぱり勢い良くバクバク食いたいもんね。

バイト時代の先輩で骨ごと食うツワモノが居たけど。
それは特別じゃないかな。今じゃ珍しい。
確かに他の場面でもマイペースの御仁だったわ。

ほっけとかさんまとか美味いよね。
でもそれに気付いたのはごくごく最近。
居酒屋とかでゆっくり食えるようになってからです。

総計すると何十年も漁業の町に住んでた私であるのに…。
その美味さは実に30年も経ってから知ったのだった。
2004/01/06/(Tue)
ナポリタン
7-11の。もー激ウマ。久々に感動した。
スパゲティナポリタン好きなんだよ。
イターリァには無いけどね。美味いから良い。

小学校の時の給食のナポリタンが好きでね。
ぐちゃぐちゃに混ざってるしアルデンテでもないんだけども
その日が来るのが待ち遠しかった。
ケチャップとたまねぎとそれにハム(か、ベーコン)。
あとはデュラムセモリナなんだろうな。
コンビネーションが絶品よ。

イタリアのパスタはどれも美味いよな。

給食にはミートソースもあった。
これも混ざってるんだけど絶妙な味だった。
素材と味付けが良かったんだろうな。
そういえば初期のサイゼリアのミートソースって
この往年の給食ミートソースっぽかった気がする。
あれはいくらでも食えたなぁ。
今の体たらくがうそのようだわ。

今でも場末の喫茶店とかに行くと
ナポリタンがあったりする。
ただのケチャップ麺なのかと思うと
ちゃんと味付けされてたりして。
なかなか考えられてるんだな。
いつかレシピを聞いてみたいものだ。

少し本格系では
MammaPastaのペペロンティーノがもう激ウマ。
つーか…「ちゃんと」
辛くて、
美味くて、
堅くて、

もう実に素晴らしい食い物なのだ。
これに勝るものには滅多に出会えないな。
タパスタパスもソースの味は美味いけど
MammaPastaの
激辛オリーブ油ぶっ掛けペペロンティノには
敵わないだろう。

マジカルミステリーツアーみたいな
山盛スパゲティ溺れるほど食いたいな。

誰か送ってよこせ。いや、ください。
パスタ一生分でも良いです。

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