--/--/--/(--)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2004/04/25/(Sun)
鈴木亜美さん
復帰したとか言って
この2~3日いろいろ出ております。
有名な方だったようですが
私的にはちゃんと見るのが今回初めてだったわけで
へぇ~~~~~~~~~~~と思って見てます。
これが「あの」鈴木亜美なのかー。

この感覚は再結成したアーティストとか見る感覚に似ている。
得意技やお約束、ヴィンテージなフレーズの登場に
おおおこれが伝説の・・・って感動する、あの感じ。

「これがあの伝説のアヒル口かー」
・・・っと。なんだろな笑

前にも書いたけど、僕には時々こうして
すっぽり抜けてる時代というものがあって
後から感慨深く見直したりすることがある。
その時々で知らなかったのは
私生活が忙しかったり、興味がなかったり、
まぁ理由はいろいろなんだけど
とてつもなく有名なものをまったく知らないというのは
ある意味爽快な気分でもあるのだ。

その瞬間瞬間で受け止めて
認識できるのも楽しいし面白いけど
ものごとが一段落したときに
全体を見渡してみるというのも面白いんだよね。
アンソロジーというのは
そのものが終わっていないとまとめられない。
僕はこのアンソロジーをまとめるというのが大好きでね。
解散したり引退してしまったアーティストや
亡くなってしまった人の作品集を編纂することが
よくあるんだけども、楽しくてしょうがない。
活動が長いグループで、未だに存続中だったりする場合は
編纂作業ができないので、早く解散してくれないかな、
とか思ったりするのだ(笑
すごい罰当たりな人間である。

と。
鈴木亜美さんの話だったか。
えーと。
がんばって欲しいですよね(ありきたり

例によって
人工衛星に例えて言うけども
要するにあれは飛んでるんじゃなく
落ち続けてるんだという話。
もう加速しないんだから。
地球の周りを回りながら落ちてるんだということで。
どうせなら、落ちるまでの時間を延ばしたい。
どうせ落ちるなら綺麗に落ちたい。と。
落ちかけの過程で何をするか、できるかということだな。
亜美さんも打ち上げは終わったわけだ(たぶん)。
でも活動は終わりじゃないんだ。

休業中はいろいろあったでしょうけど
これからいろいろできるはずですよね。
以前のことはあまり知らないけど、
すべてを受け入れて
フロントで顔に風を受けて
歩いていこう!と決意したような
吹っ切れたような良い顔してたと思うな。
22歳でこんな経験する人もあんまり居ないだろうし
これからどうなったとしても
良い人生を送るような気がするけど。

と。いうわけで。
がんばって欲しいですね。
スポンサーサイト
2004/04/21/(Wed)
beta vs mac
ビデオのBETAMAXと8mmをいまだに使っている僕としては
どうしてもMacも同列に語りたくなってしまうのだった。

もちろんVHSもちゃんと併用してたし、
それぞれの良いとろ、悪いところがあるのも知っている。
そして両刀使いは本当に苦労するということを身をもって知っている。

そして僕はPCでもWinとMacの両方を使うことになってしまい
同じようなことに、かれこれ20年も煩わされているのである。


ホントに両刀使いは苦労するのだ。
同じ素材を両フォーマットぶん用意しなきゃならないし、
完成品も、双方の使用者のことを考えて行う必要がある。

マイナーなフォーマットに入れ込むということは
とてつもなくお金がかかると言うことである。
Windowsを使用の方なら周知の事実でしょうが
フリーのソフトやツールが無数にある。
もちろんフリーだからと言って
全然使えないなんてことはなく
優秀なものがホントにたくさんあって
とりあえず何かをやるのにあたって
困ると言うことはほとんどないんじゃないかな。
逆にMacのフリーソフトはほとんどないです。
特にos9だと、皆無と言って良い。
もちろんありますけど、ほんの遊び程度のものです。
ちゃんとしたことをやろうと思ったら
ほとんどシェアウエアとなります。
売ってるソフトも、いまや
os9対応だったらラッキー!みたいなことになってますね。

いまやBETAや8mmなんて使ってる人居ないだろうから
参考のためいろいろ書いておきますが、
こっちもお金かかります。
まず、どっちのフォーマットも
SONY様の独占フォーマットだと言うこと。
だからどんなものも相手(SONY様)の言い値です。
また、このSONY様の有難いマッシーンは
非常に優れた機能をいっぱいいっぱいに詰め込んでいるため
すぐに整合性が乱れてくるのです。
まるで外国車ですね。
ちゃんとしてるときはすこぶる素晴らしいのですが
その「ちゃんとしてる」期間がとっても短期間なのです。
で、調整だなんだ、と。お金がかかります。
そして周辺機器ですね。
BETAなんか編集とかしなきゃ意味ないので
必ずみんな複数所持してますね。
これらの年間維持費たるや、かなりなものでございます。
それでも、使い勝手がよくて
画も鮮やかで綺麗だったから離れられなかったんだよ。
けっ。

MacはOSXになってだいぶよくなったようだけど
os9は、ともかく、もう固まるのよ。
これはいくら使っても慣れない。
というか慣れる気はないです。
ウチのWindows98は、超カスタマイズの結果
落ちることはほとんどなかった。優秀だったねぇ。
マルチタスクに慣れてると
os9の全員運命共同体全体主義体制には絶対に慣れません。
オマエが処理できなくてごめんなさい言うのは分かる!
だからといってOSごと全員巻き込むなあーーー!
ってことですわ。
ここ半年でos9をリセット&再起動した回数は
Windowsの3年分くらい行ったんじゃないかね。

確かにウチのos9にはいろいろ繋いであります。
録音機器だから。
ほぼ素っ裸のWindowsとは比べられないけど
まぁともかく、固まるなら一人で頼む!ってことなのよ。
処理を返せないなら、返せないで良いよ。
だから素直にごめんなさいしろ!って言ってんのよ。
自棄になって、全員引っ張り込まないで欲しい。

というわけでos9に複雑なことやらせるのは
すっかりあきらめたんです。わたし。
ただの録音機械&たまに綺麗な映像見る装置。

で、そのぶんエネルギーと資金を
Windows側に投資することにしました。
もうねー。
おっそろしく気が楽になりましたよー。
たまった膨大な量の映像資産もHDDに取り込んで
好きに保存できるし、
汎用とかフォーマット気にしないでもすむし
好きなときに好きなものを好きなサイズで
作ったり見たりできるようになった。

でさ。
その映像資産なんだが。
取り込むときにもBETAと8mmが綺麗なんだよこれがまた。
つか、PC映えするのよ。画の質感が。

というわけで結局コンバートするにあたっては
まだまだSONY様に頑張ってもらわなければいけない、と。

多分、一生続くな。
2004/04/19/(Mon)
過去の映像 5
ひそかにアップしてあります。

いったん落としてから見たほうが
安定すると思います。
Realファイルは質は良いともいえませんが
なんといっても小さいのが捨てがたく。
サーバーの容量的のこともあって、
もうしばらく利用させてもらうと思います。
リアルプレイヤー使うのが嫌だとおっしゃる方も
まぁ。ご了承くださいということで。

自分的にはどうかなと思っていたのですが
意外に好評だったので、ひとつ目の
オーヴァーダブ動画はとりあえず残しました。

以下がその解説です。

長くて大変だと思うのですが、
ぜひいつか見てほしいと思っていたので。
ぜひ頑張って見てください。
当時、いろいろあって
これが最後の録音になるかも、と思っていたので
記念にビデオを撮っていたのです。
このビデオが面白いと思うか、
つまらないと感じるかは、意見が分かれるところでしょうけど
まぁともかく、ヴォーカルパートの構築というものは
こういう風にするのだということで。
リアルに感じてほしいわけです(Realファイルだけど笑)。
意外に淡々と、しかし確実に作業が行われるんですね。
この翌日にこの曲が完成し、私の人生が変わってしまいました。
このビデオは私が進化する前の最後の姿なわけです。
ご堪能あれ。


さて新しく増やしたのは
「冷たい夏」練習映像でございます。
99年のライブに当たって過去のレパートリーすべてを
演奏できるよう浚い直したことは以前にも書きました。
その結果殆どの曲を生演奏弾き語りしたわけですが
どうしても一人で演奏するのが困難で
披露できなかった曲があったのです。
そのひとつがこの「冷たい夏」ですね。
コーラスが無いと訳が分からないし、
場が気まずくなると思ったので見送ったわけです。
似たようなタイプの「悲しみのモニカ」は演ったのですが
これはちょっと無理だったかな。
その代わり練習時の映像が残っていたので
アップすることにしました。
演奏はカラオケですが、弾いているピアノは生です。

Big Hornでも同じようなスタイルで
テープを流しながらのライブに
できないこともなかったかもしれませんが
とりあえず生にしようということで
弾き語りスタイルになりました。
実際やってみると面白いかもしれないですけどね。
今は当時より機材も充実しているので
可能になるかもしれません。

というわけで楽しんでください。
2004/04/19/(Mon)
はぁ~
えーと。
更新されております。News!をどんぞ。

なんか体調を崩し寝込んでしまいました。
多忙すぎたかねー。
予定がすべてひと段落したところで・・・
っていうのがタイミングよくてグー。

新記事はいつか書きたいと思っていたことで
これでやっとすっきりしたというのはあります。
自分も間抜けだと思うので
反面教師なり、自戒を込めてなり、
そんな感じのニュアンスで書き下ろしましたのです。

実は5年前に起こった出来事はこれだけではなく
もうひとつあります(書けません)。
自分としてのへヴィーさは
これとそれとで半分半分だと思います。
つまり、どちらかだけのトラブルだったら
ちゃんと対処できたと思うのです。
両方が重なったために、自己崩壊してしまったのだと思います。

でも、ライブ活動の開始とCD製作は、
その問題(ここには書けないもう一つの)を
解決するために行ったことでもあるので
ライブを始めた時点で、ある程度のトラブルも
予想できたことだったんです。
ですが現実はその僕の想像をはるかに超えていた、と。
まぁそういうことでしょうな。

今思うと1999年の
その時空間のうねりと言うか、
すごかったと思う。
人生の中でそんなことがあるんだ・・・
というような。
作り話みたいな一年だった。

あの時僕と出会った人たちも
そういう人が多かったような。

というか常にそういう流れは存在してるんだろうけど
たまたまあの時、僕と時の流れの歯車が合った人が居て
そういうときに人と人は出会うんだろうね。
あれが翌年の出来事だったら
また出会う人は全然違ったのだろう。


と、まぁそういうわけで
その辺にしておこう。
一応近況報告としては
新曲の録音に取り掛かっていると
いう事も付け加えておきます。

あんまり言いたくないんだけどね。
重要な計画は地下で進行するのだ。ふふ。
2004/04/12/(Mon)
すきま ジョージハリスン
すきま ジョージ・ハリスン

いろいろ更新してます。
ジョージのボックスはDVDつき。
良かった。
これ日本発売なし。ひどいです。
日本のビートルズ関連団体の頭の悪さは
30年前から一向に変わりませんね。
スペクターの件といい。
日本の若いビートルズファンがかわいそうですわ。
2004/04/08/(Thu)
ジョンレノンのデモ
ジョンの曲で永遠に終わらない進行の曲を
トリップしながら弾いて歌っている話は前に書いたけど
よく考えると、これはオフィシャルではないのだった。
ジョンのデモは、その曲が正規に発表されたときとは
まだ違っているコードがけっこうあって
それが案外よかったりするんだな。
おれが「お」と思ってギターを手に取りコピーし始めるのは
たいてい、違う進行にハッとさせられるからなのだった。

ジョンのギターは技術的には上手いとはいえないが
彼自身が言っているとおり
頭に浮かんだコードはすべて表現できるようだ。
彼のギターのポジションは絶妙でね。
同じ押さえ方じゃないと、そのコード感が出ないんだな。
まぁでも、俺はそんなのできないから
似た感じにアレンジして自分の進行を決めるわけ。

以前Big Hornで
ジョンレノンはビートルズを引きずっていた、
という話で盛り上がったことがあった。
僕はジョンのほうが引きずっていたと思っていたので
そんな話をしだしたのだが
一般的にはいつまでも引きずっていたのは
ポールだと思われていて
Big Hornでもそういう結論になったと思う。

今思うと、実際に僕が言いたかったことは少し違っていて
ジョンの作風はビートルズ時代からソロまで
一貫して変わらなかった、ということなのであった。
テーマや歌い方は変わるのだけど、
コードとメロディはずーっと同じなんだなと思ったのだった。
同じ人間だからねぇ。そう簡単には変わらないんである。

で、ジョンのデモとか多数聞いて思ったのは
ビートルズというのは、ほかならぬジョン自身だったのだと。
だから彼一人の弾き語りやデモ作品にも
ビートルズそのものの気配を感じ取れるのだと。
そういうことなのであった。

初期のビートルズの楽曲の
ほとんどすべてを造って歌っていた人なんである。
最近の人はピースだとかポールだとかに惑わされて、
この事実を忘れているのだ。

僕も後期の作品のほうが完成度が高いと勘違いしていたので
この事実に気付くのが大変遅れたのだが、
本当にジョンに対して申し訳ないことをした、
と言う気持ちでいっぱいである。

つーわけで、ビートルズを引きずっていた、
というのは適切じゃなかったけど
彼は、その彼自身の作風から逃れることはできなかった、と。
まぁそう言いたかったんだね。僕はね。
2004/04/03/(Sat)
ドリフって
お笑いなんだろうか。
最近追悼番組とかやってるんで
改めて見てるんだけど
ドリフってのはお笑いというより、
パロディミュージックに近いような気がする。
タモリのアルバムとか、僕の高田馬場のテーマとか
そっち方面。
コント全体の間というか、流れというか、
音楽をやっていたものじゃないとわからないような
微妙な空気があって、それが抜群に笑えるんである。

これは一般的なコミックバンドとか
ボーイズものとはまったく違う。
玉川カルテットとか嘉門とかポカスカ(略)
・・・ああいう芸事ものとは違うジャンルだと思う。
ドリフに感じるものはこれとは異なるものなのだ。
バラクーダーのデビューした頃はこれと近い空気があったけど
ほかではあまり見かけないものだな。
(横山ホットブラザーズも少し近いかも)

これは音楽のいじり方というかアプローチが違うんだ。
ちょっと嫌味というか斜めな感じ。
まじめな人を怒らせる、といったら良いのか。
説明が難しいけど。
そんな視点を日常コントに応用したもののような気がする。

大瀧詠一大先生のお笑い系の曲は
どちらかというと先の芸事系な流れと言う人もいるけど
実際どうなんだろうか。
大先生はクレージー研究家だし、その辺は微妙なんだけど。
それでもナイアガラムーン(アルバム)と
ロックンロール退屈男は秀逸だったと思うけどね。
お笑いなのか?と言われると、これもちょっと違う。


初期のドリフのネタで僕が忘れられないのは
加藤茶のタブーである。
これは今思い出してもホントに素晴らしかった。
これのツボは、このネタに持ち込むきっかけにある。
トットコトントン・トトトという例のリズムに
持ち込むためのネタフリ。
これが毎回毎回練られていて実に面白かったのだ。
あるときは闘牛のドラムロールから。
あるときは甲子園の入場行進マーチから。
ベタだが葬式のお経の木魚のリズムから。
オルゴールの音色がタブーのメロディだったという秀逸なものもある。
来るな?と判っていても、加藤茶の絶妙な登場の仕方もあって
毎回大爆笑だったのだ。
世間では「ちょっとだけよ」というオチの部分だけ
取り上げられて流行ったが、ここだけでは
このネタの爆発力は10分の1くらいに減ってしまう。
サビだけしか歌わない曲みたいなものなのだ。

大爆笑とかに時代は変わっても
その使われている音楽とかが絶妙だったのは
先日書いたとおり。
僕たちは皆これを演奏してたのだ。
面白い音の出る物品に目ざといのも
この影響が大だな。
今でもナベとか釜とか、ともかくなんでも
叩いてみて音を確認する癖は、この影響があるんだろう。
ファミレスとかでトレーをひっくり返したり
誰かが物を落としたり
そんなことに今でも爆笑してしまう。
セサミストリートとか昔の英米のコメディにも
こんなのがよくあったから
これも元はあっちからの流れなのかもな。

まぁともかく。
僕の感覚ではドリフは
お笑いとかコントとかその範疇とはちょっと違う、と。
だから
その世界であまり受け入れられないのは当然だし、
またそれで良いと思う。

ドリフというジャンル。そういうことだろか。
ツボが合ったとしか言いようがないな。
そのツボに合った人が全国に多数いる、と。

すごいやね。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。