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2002/03/17/(Sun)
高中正義と俺
というタイトルで原稿用紙2枚以内の小論文。
これが俺の受けた大学の入試問題だった。

嘘です。

俺は知ってのとおり
高校時代まではビートルズやその周辺、
Zeppelinやブリティッシュプログレを愛するオトコであった。
だがそれは上京してから180度変わった。
ニューミュージックや歌謡曲、
アイドルポップなどを愛する人間になったのだ。
時は80年代。
元ティンパン系やユーミン、ナイアガラ系、オフコース、
聖子ちゃんや堀ちえみ(笑)聴くものには困らなかった。
それらに浸かってみて、ひとつ判ったことがある。
北海道に居たままでは、それらの曲で歌われている状況が
まったく理解できなかっただろうということだ。
例えば
春に桜が咲いて、
卒業や入学シーズンで
出会いや別れがあって…。
こんな当たり前のシチュエーションでさえ
北海道民には理解できない。
その時期には桜は咲かないからだ。
だから、そういう情景や匂い色彩などが
まったく想像つかないのだ。
そしてそれは全ての季節や、情景に言えることだ。

俺は上京してそれらの曲を聴き
初めて全てを理解できたのだった。
これらの歌の内容は
なんとリアリティあるのだろうと
ものすごく感動したのだ。
それからはジャパン・スタンダードを知るのに一生懸命だった。
果たして日本国民はどのように生きてきたのか?
それを知るためにいろんな事を犠牲にした。
過去の友人や、好きだった音楽。
好きだった本、好きだった人…。
その頃の俺にとっては
ポールマッカートニーよりも聖子ちゃんの方が大切だったのだ。

高中氏はかつて伝説的ロックバンドといわれている
サディスティックミカバンドに在籍し、
バリバリのブリティッシュスタイルでギターを弾いていた。
あるとき彼は思ったそうだ。
「もうこんな激しい音楽は嫌だ。たとえば朝起きてすぐ聴けるような
爽やかになるような音楽をやりたい。」と。
はじめてその発言を聞いたときは、
その頃、彼がやっていた
インチキフュージョン音楽のイメージも重なって
ものすごく腹が立ったもんだ。
だが今は、その彼の発言の意味が少し判る。

そうして俺もジョンレノン・コンプレックスから少し解消され
ポールマッカートニーの真の恐ろしさに気付くことが出来たのだった。
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