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2004/03/02/(Tue)
ロバートフリップのインタビュー
音楽家はどのように作品を作り
プレイするのだろうか。

14年位前だとおもうけどロキノンに
ロバートフリップの長いインタビューが掲載されていた。
ちょうど紅伝説が出た頃かな。
それのプロモーションだったんだろう。
なんてったってクリムゾン、いや
プログレ音楽の創設者で、伝説のアーティスト
ロック界一の理論家で気難家、
そのうえ日本でこれほどの長時間インタビューは
初めてだというのもあって
かつてないほど気合が入ったものだった。

で、内容はどういうものだったかというと
これがもう、とてつもなく素晴らしく、
今でも僕の中では、かなり重要なポジションに
位置しているものなのだ。

それまでのプログレのイメージ、
あるいはクリムゾンのイメージというのは
神秘的とかファンタジックとか幻想的とか
暗闇とか、そんなものだったと思う。
もちろんプログレにはもうひとつの顔、
楽器達人者の集合体という面もあるのだが
クリムゾンはどちらかというと
前者の面が多かったような気がする。
それには初期のピートシンフィールドの歌詞が
幻想的で判りにかったというのも大きく、
その後のプレグレバンドはその路線を
多かれ少なかれ踏襲したのだ。
そんな流れで、芸術的とか文学的とか
そんなイメージになったんだろうね。

話が長くなったが、つまり
そのように音楽に何かの意味合いを見つけたり
探して見つけ出したりする聴き方が70年代当時は旬で、
インタビューでも、まずそういったことの確認から
入っていったわけだけども
予想を裏切ってフリップ先生、
インタビュアー=リスナーの聴き方を
ことごとく否定されたのである。
「詩の意味?作詞家に聞いてくれ」
「ほかのメンバーの気持ち?それは彼らに聞いてくれ」
「カタルシスは?って・・・。わくわくしただけだが」
「ディスコやダンスミュージックは最高だからやってる」
ほかにも書ききれないほどのお言葉があるのだが
まぁともかく、一つ一つのお答えが
演奏者としての真意を突いており本当に感動したのだ。

インタビュアーは市川何とか言う
プログレ会では有名な方だったが
あまりにも、すべて否定されるので、読んでても
しまいにはかわいそうになってきたくらいだった。

これはロバートフリップの人間宣言だったのだ。
いや、本人ははじめから人間のつもりだっただろうが
リスナー側がそれを自ら見えにくくしてしまっていたのだ。
目が覚めるとはまさにこのことだろうね。
彼も一介のギター弾きに過ぎなかった。
別に何かしら特別な才能があったわけではないのだ。
宇宙のパワーをもらったとか、そんなことないのだ。
ただ、自分自身の可能性を自ら発見し
それを伸ばすべく人並み以上に努力しただけだったのだ。

僕はそれまで、音楽とか芸術は
特別な人間がやるものだと思っていた。
いや、はじめは思ってなかったけど
成長するにつれ、そう教え込まれたり
自分で思い込んだりして、勝手にそう決めてしまったのだ。
でも実はそんなこともないんだと知った。
「あの」ロバートフリップでも
演奏家として感じていたことは
このヘタレな僕と変わらなかった。
音楽は音楽以上でも以下でもなく、
だから音楽を音楽として感じよ、と。

もうひとつ重要なことがある。
彼が言いたかったこと。
それは「答えはここにはないよ」だった。

そのインタビューを読んだあと
僕はずいぶん気が楽になり、
普通に音楽を演奏するようになった。
ただ自分自身が自分として
プレイしたいことをプレイすればいいだけなのだ。
そこに、それ以上の意味などないのだ。
その代わり「音」は研ぎ澄ませよ、と。
そう思ったんだな。

スポンジが不味いケーキってのはどう?
クリームも載ってる具もうまい。
でもかじってみたらスポンジの食感が・・・。
肉の不味いシチューってどう?
スープも具もとてつもなく美味かった。
でも肉をかじってみたら、ありゃりゃ・・・と。

まぁこれはあくまで僕の感覚だけど。
そりゃないだろ、ってことなのだ。

音だけで勝負し続けたフリップ。
本当にすごい。真のオトコだ。
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